ジンジャーエールで乾杯を<ss>
あらいらっしゃい。
お客さん、うちは初めて?
あら大歓迎よ。お客さんアタシのタイプだし。
ごめんなさいね、こんなむさ苦しいオカマだけで。看板娘でもいたらよかったんだけど。
なにお飲みになる?ジンジャーエール。合成モノしか置いてないけどいいかしら。
ジンジャーエール、懐かしいわ。アタシも頂いていいかしら。
…ねえお客さん。すこしアタシの昔話に付き合わない?
いいじゃない、今夜は月も綺麗だし…こんな夜は思い出すのよ。
昔ね…脱法サイボーグやらジャンクアンドロイドってうじゃうじゃいたでしょう、今じゃすっかり規制されてるけど。
この店もすっかりそいつらのオイル注しの溜まり場になっちゃってた時代があったのよ。どこのバーも通る道ね。
その時の常連の1人にちょっといい男がいてね…名前は知らなかった。でもいつもひとりきりでジンジャーエールを飲んでた。
その頃はまだホンモノのジンジャーエール出してたわよ。お客さんごめんなさいね、合成モノで。
その子、どこもいじってなかったの。珍しいでしょ?あの頃、若い子はみんなどこかしらいじるか生身部分を売っぱらって小銭に変えたりしてたのにね。
その子がうちの常連になって10年くらい経ったあたりかしら、うちで1人女の子を雇ったの。
雇った…って言っても、ホラ、昔流行ったでしょう?ナントカって企業がレジのおねーちゃんとしてずらっと並べてたり…まあ要するに量産アンドロイド。
昔はね、この店の下にモグリのジャンク屋があったの。そこである日それの型落ちの故障品が売っぱらってあったの。
ちょうどウチも人出が欲しくてね。型落ちちゃんでもバッテリーがダメになるまでの半年くらいは店番になってくれるでしょ、ってなもんで安くで譲ってもらったの。知っての通り、ホントは中古アンドロイドの使用なんて違法だけど。
もう記憶媒体はダメになっちゃってたし、おしゃべりもできない。スキンも剥がれて素体も見えてきてた。
でもお化粧してあげてね、チャイナなんて着させたら可愛いもんだったのよ。
アタシその子にルナって名前を付けた。よく覚えてる、月の綺麗な夜だったから。
そこにジンジャーエールのあの子が来た。
彼、びっくりしてたわ。
オカマ、こりゃ違法だよ、なに考えてんだってね。
しょっ引かれたらどうすんだ、それに維持するにしてもこんな型落ちのオンボロ、メンテナンスはおろか裏筋からじゃないとパーツも手に入らねえぜ。なんてボロカス言われちゃって。
いいじゃないどうせバレないわ、それにもう半年もしたらバッテリーがダメになっちゃうしそれまでだけ、ね?たまには変わったことしないと。
なんて言ってたらね、後ろで早速ルナの左手がポロっと取れたの。グラスもガシャーンッ!って割っちゃってね。
あぁ、今思い出しても可笑しいわ。フフフ…
ジンジャーエールの彼も笑ってたわ。まさかここまでオンボロだったとは誰も思ってなかったもの。
だけどこっちも客商売。おててがないとお冷も注げないじゃない?だからとりあえず修理しなきゃね…なんて考えてたら、彼、俺が直すよ、1日この子貸してくれって言うのよ。
明くる日、ルナの左手はきっちり直ってたわ。ルナも心なしか嬉しそうだった。
さあそこからが大変だったのよ。
ジンジャーエールの彼はずっとツケで飲むようになるし、アタシはアタシでなんだかルナに愛着が湧いちゃうし。あの子喋りもしなけりゃ気持ちもないただのからっぽのお人形さんのはずなのに、なんだか可愛いのよ。
でももっと大変だったのは彼みたい。
アタシもオカマ長いことやってるとね、恋をしてる目って分かるの。
でも楽しい日々は一瞬で過ぎるもの。ルナのバッテリー、ホントに半年でダメになっちゃったの。
悲しいけどお別れ。そう思ってた。
だけどジンジャーエールの彼がね、どういうわけかルナを持ち帰ったの。
すると1週間ほど経って、ルナは戻ってきた。
可笑しいわね、なんだかルナが前より綺麗に見えるの。この子はからっぽのはずなのに。
ジンジャーエールの彼もまた店に顔を出すようになった。
でも彼の右足は、安っぽいブリキの義足に変わってた。
その後もルナに不調や故障が出るたびに、彼はルナをどこかに連れて行った。
そしていつしか彼の身体はいわゆる典型的な脱法サイボーグへと変わっていったわ。
アタシもバカじゃないから気付いてた。彼が生身のパーツを売って、ルナを生かしてること。
ルナのボロボロだったスキンの補修が終わる頃、彼の生身と呼べる部分はもうほとんどなくなってたわ。
人間の形を失っていく彼と引き換えにルナはどんどん綺麗になっていく。その頃には脳のコンピューターも付けてもらってて、簡単な会話程度なら交わせるようになってた。もうルナは、人間そのものだったのよ。
でもね、不思議よ。ジンジャーエールの彼ね、もうずっと長いこと彼のこと見てきたつもりだったけど、その時が一番醜くて、美しかったの。恋って不思議ね。
でもね、何にでも終わりは付き物でしょ?
彼、最期は心臓を売ったの。心臓を売ったお金で、ルナに超耐久バッテリーを与えてあげた。
彼は死んだわ。
最期の姿はもはや人間ではなかった。
彼の代わりに人間の姿を背負ったルナも、結局はここで働いてるのがバレちゃってね。もう回収されて、スクラップになっちゃったの。
その報せとともにね、ルナのコンピュータに埋められてた記憶チップが帰ってきたの。
I LOVE HIMってプログラミングされてた。
アタシはコンピュータに疎いからわからないけど、それは彼が書いたプログラムなのか、ルナの中で自動生成されたプログラムなのかーー今でもわからないわ。
お客さんはどっちだと思う?
ごめんなさいね、つまんない話を長々としちゃって。
ジンジャーエール、もう一杯いかがかしら。
by beshichan