Apollo96

地球の月から文化共有。音楽、映画、文学、旅、幅広い分野を紹介します。時々創作活動も。

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黙って新譜を聴いてくれ 2018/09

 

YES featuring ARW「Live at the Apollo」

 

 

まず最初に言いたいのは、50周年記念ライブをこの記事で取り上げるということは、本作がYesの布教手段になりうるということだ。現役感溢れる演奏によるオールタイムベストのライブを2018年の録音技術で聴けるのである。最高じゃん。

Yesの半世紀に渡る歴史を語り始めたらキリがないので現状についてだけ述べると、バンドの創設者かつ音楽面と精神面の双方で大黒柱であったChris Squireの死去により、頑固一徹のギタリストSteve Howe陣営と自由気ままなカリスマボーカリストJon Anderson陣営と2つのYesが並存することになってしまった。今回取り上げるARWは後者のYesであり、バンド名はJon Andersonと鍵盤の魔術師Rick Wakeman、そして元アイドル枠であったTrevor Rabinの3人の頭文字から取られている(リズム隊はサポートメンバー)。

二者の違いをかいつまんで説明すると、Steve Howe陣営が古き良きプログレの看板を守っているのに対して、ARWは産業ポップ時代のYesの主導者Trevor Rabinがいるため必ずしもプログレ一辺倒ではない。また、Steve陣営は古希を迎えて流石にあやうっかしい演奏になり、他のメンバーもどんどん若い代役を立ててベンチャーズ状態になっている。一方でJon陣営はリズム隊こそYes以外の人脈に任せているものの、Jonの女性のような柔和な歌声は依然健在で、Rickのニコニコ動画での「人間やめました」シリーズで再生数うなぎのぼりだった鍵盤無双っぷりも相変わらず、Trevorは80年代と何ら変わることのないギタープレイとイケボを聞かせる。畢竟、ARWとは「Yesで演奏力衰えてない組で路線変更時も含めて何でもやるバンド」なのだ。全盛期のライブ映像がフル収録でなかったり画質や音質に難があったりと決定版がないだけに、この作品はYes入門編としてほぼ打ってつけだ。

ただし、この作品にはどうしようもない欠点がある。頻繁にわざとらしいコピペの歓声が入っているのだ。確かにTrevorは現役時代こそアイドル的人気だったが、アイドルのライブでもギターソロの途中で歓声は入らないぞ。

 

 

Freak Kitchen「Confusion To The Enemy」

 

 

このバンドの恐ろしさは、ギタリストMattiasのテクニックやトリッキーな奏法ではなく、少年漫画原作のアニメのOP曲を狙えるレベルの作曲センスにある。本作では「så kan det gå när inte haspen är på」は歌こそスウェーデン語でさっぱりだが、テレビ東◯系列で19時台に流れていても何の違和感もない。また、表題曲では8弦ギターの特性を存分に活かしdjent要素も取り入れているが、必要とあらばヘヴィーさを微塵も感じさせないポップスのセンスが炸裂し、J-Rockと北欧メタルが正面衝突したような奇想天外な音楽が繰り広げられている。

その他にも、グランジな「Troll」やR&Bテイストの「Only A Dream」、はたまた変態インストナンバー「Auto」とおもちゃ箱をひっくり返したような雑多なナンバーが並び、アルバム全体を通して聞くとやや散漫ではあるものの、それが逆に新規ファンを呼び込む魅力にもなっている。

 

 

Paul MaCartney「Egypt Station」

 

 

旅の行程をテーマとしたコンセプトアルバムであり、全体的にロック色は薄く、まるで車内で即興で作曲したかのようなデモめいた楽曲が並ぶ。あまりにも感傷的なピアノから始める「I Don't Know」はリードトラックとしてはここ最近ではかなりミニマムなサウンドで、同時に公開されたロックナンバーの「Come On To Me」も、「New」や「Ever Present Past」と比べるとその素朴さは歴然としている。

また、「Happy With You」「Confidante」「Hand In Hand」「Do It Now」など、アコースティックナンバーも多く、全体を通して盛り上がるポイントは少ない。アルバム全体を通してここまでラフなのは多重録音のアルバム「McCartney」以来か。はっきり言って一聴して記憶に残る曲はあまりない。

このアルバムを聞いて彷彿とさせたのが、各メディアで絶賛されたFrank Oceanの「Blonde」だ。その場で楽器を適当に爪弾いてみたかのようなシンプルな演奏に、彼のスマホに収められたボイスメールなど近しい人たちの肉声が随所に差し込まれた非常にプライベートな内容で、セレブを雲の上から引きずり下ろしたSNSによって形成される今日の人間関係を音楽に落とし込んだ記録的作品である。

意図的か偶然か、本作も「Blonde」と同じ空気を醸し出しているように思える。まるでInstagramの投稿のように、瞬発的にリスナーと共有したい衝動に駆られて制作されたかのような作品。前作「New」が複数のプロデューサーを起用して音作りから今風のサウンドを試みたのに対し、本作では2018年を生きる我々を観念的な次元で描き出しているのではないか。

全米シングルチャートを狙ったような「Fuh You」やアルバム最後でアビーロードメドレー的展開などを聞く限り、彼の意図は全てが自分の想像した通りではないだろうが、それでも彼がただアコースティックなアルバムを作りたかっただけのように思えない。2018年だからこそ、こんな音楽になったんだと、僕は考える。

 

 

Paul Simon「In the Blue Light」

 

 

簡単にこのアルバムを説明すると「過去の埋れた名曲をリアレンジしたセルフカバーアルバム」となる。ただし、他の年金ミュージシャンのように、ベストアルバムや旧譜リマスターの乱発、名盤再現ツアーなどのドサ回りに勤しむ輩とは一線を画す。

分かりやすいのは「Can't Run But」だ。原曲も木琴などのパーカッションを複層にも重ね合わせる面白いアレンジをしていたが、本作では室内楽を伴奏にして歌うというリアレンジを施している。ただし、ストリングスは「俺が主役だ」とばかりに、バッキングに徹する気、ゼロである。

要は、カバーアルバムというよりはジャズやクラシックではオーソドックスな手法である「過去のテキストを再解釈した新譜」と説明した方が良いのかもしれない。参加ミュージシャンを見ていると、ジャズやクラシックに疎い自分でも目に止まるような人選がなされているし、年齢にかまけて緩いイージーリスニングにするような意図は一切感じ取られない。

彼は今秋をもってショービジネスからの引退を表明しているため、これが最後のアルバムになるのだろう。ただし、「俺はまだ現役で通用する」という気迫を叩きつけての辞任である。「ロック黄金期」なる用語が何故彼らの世代に当てはめられるのか、このアルバムを聞いて再考してみるのはいかがだろう。

 

 

Riverside「Wasteland」

 

 

ポーランドの鬱プログレッシブメタルバンドであるRiversideがギタリストの死後初めて出したオリジナルアルバムである。彼の死がバンドにどう影響を与えたかは分からないが、近年のモダンプログレのアルバムの中でオススメできる1枚であることは間違いない。

メンバーの死という出来事があると、どうしても死の落とす影を意識せずに作品を聞くことはできないが、元が靄がかった東欧の空気を聞かせるバンドだっただけに明確な変化はなく、良くも悪くその事件が音楽に大きく影響しているようには聞こえなかった。

とはいえ本作で鳴る音は近年のアコースティックな音楽性と従来のメタル路線が組み合わさった新しい境地に突入しており、皮肉にもギターが欠けた今後のバンドの編成(ツアーではサポートが入る)にフィットしている。更には音の厚みが減ったことによって彼らの持つ耽美性や美学が以前より浮き彫りとなっている。

鬱×プログレ×メタルというと、代表格のToolを彷彿させるし、実際ボーカルの声やギターのコード感には時折Toolと勘違いしてしまいそうな類似点があるが、あちらがヘドロのような混沌とした闇を描いている一方で、こちらは冬の針葉樹林のような静かな灰色の澱みを音に投影しており、また異なった趣がある。

 

 

Roosevelt「Young Romance」

 

 

ドイツの音楽プロデューサーMarius Lauberのプロジェクトの2nd。80年代のディスコサウンドにエレクトロ要素を加え、コンプの効いたベースのリフが主導するバンドサウンドに...ん? Daft Punkの「Random Access Memories」で充分だって? いやいやいや、あちらは「思い出せ80年代のあの輝き」であり、オススメは深夜のクラブのBGMだったのに対して、こちらは「2018年に80年代の音をオシャレにリブート」で、アルバムジャケットから見ても分かるように、昼でも聴ける。

シックでありながらも彩り豊かなシンセポップで、「わざわざ昔の音楽の焼き直し聞くぐらいなら昔の名盤聞くわ」勢をギャフンと言わせるにはこのアルバムがうってつけである。Tame Impalaの「Currents」が好きな人も、聞かないという選択肢はない。

 

  

Uriah Heep「Living The Dream」

 

 

来年50周年のブリティッシュハードロックの雄である彼らの最新作は、アルバム再生と同時に始まるドラムのフィルインですぐに分かる通り、全盛期と何ら劣ることのない中弛み一切なしの現役バリバリのロックをやっている。前作「Outsider」が円熟の佳作然としていただけに、一体どうしちゃったの。

同世代で生き残っている英国の大物ハードロックバンドと言えば、Deep PurpleやQueen、Bad Companyぐらいになるだろうが、フレディーを20年以上追悼しているQueenは言わずもがな、Bad Companyも演奏自体は往年の輝きを保ってこそいるが、ヒット曲の集大成ライブで、Deep Purpleはちゃんと新譜も出し、その質も高いものの疾走ナンバーなしの歌謡ロックで、いずれも全盛期並みの演奏や新譜への期待はずっと弱まっているのは確かだ。

その一方で、Urah Heepはメンバーも音楽性も流動的に変わり続けたおかげで、「ユーライアヒープ像」という固定観念がないまま、ここまでやって来た。それが半世紀続いたとなると、70年代のメンバーは創設者一人だろうとバンドのブランドイメージとしてさして問題ではない。それがアルバム制作でも良い方向に機能し、「若い人間を連れてきてそれっぽい演奏をしてるだけ」なんて無粋なことも言われず、伸び伸びと今の彼らの音を鳴らしている。

「爺ロックの新譜で良いやつを教えて」と言われて、とっさに出すならこのアルバムになるだろう。