Apollo96

地球の月から文化共有。音楽、映画、文学、旅、幅広い分野を紹介します。時々創作活動も。

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OVERTURE

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「モーニン、Moon,Milk,Overtrip。管制塔応答せよ。

…また混線か。どこの誰が聞いてるのか知らないけど、いい1日をね」

 

僕は日課をこなし大きく伸びをした。今日もレスポンスはノイズのみ。慣れっこ。

 

いい朝だ。部屋の隅に積もったTシャツの山から大して気に入ってない1枚を引っこ抜き、色の落ちたコンバースの紐を締める。

アパートの外に出ると同時にコロニーの屋根が揺れた。アンドロメダからの高等市民様を載せた旅客機が上空をよぎったらしい。

 

乳白色のコロニーの屋根から見えるどこまでも続く紺色。差し込むネオンライトの赤青黄。実にいい朝だ。アパートの階段を滑り降りると先客がいた。

「一本ちょうだい」

ライカ。僕の友人、寡黙なシャブ中。

「ウィンストン。地球産?」ライカは首を振る。

「じゃあまた月面産のバッタもんだ」ライカは頷く。

「たまには地球産仕入れてよ」振る。

「冗談。調子は?」振る。

「いい朝なのに」振る。

僕らの燻らせた煙はネオンの瞬きを帯び、魔法みたいにどこかへ消えた。

 

 

「ハロ、Moon,Milk,Overtrip。管制塔応答せよ。

…また混線?ごめんなさい、もう切るよ。…いや、誰が聞いてるのか知らないけどよかったら僕の話聞いてよ。飽きちゃったら切ってもいいから。

アポロ96、僕の名前。20歳。96年月生まれ。月面コロニー-ほ・187Bより通信中。

もし君が火星とかの人ならこの住所知ってるんじゃない?

御察しの通りスラム街だよ。流浪者やシャブ中や日雇いの月面採掘のおっちゃんがゴロゴロしてる街さ。

よその星の人はこんなところ来ないでしょ?ニューマイアミもネオトキオもセカンドシャンハイも丁度裏っ側だからさ。

でも僕はそんな奴らと違う。訳あってこんなところに生まれ住んでるけどさ、ルーツは地球なんだ。

今は迎えを待ってる。まあ君に通信混線したってくらいだから可能性は察してほしいんだけどさ。

ねえもし君が地球の人ならさ、伝えてもらいたいことがあるんだけど…

やっぱりいいや。ごめんね、付き合ってくれて。また何かの間違いで会おうよ。バイバイ」

 

 

家賃催促の紙でヒコーキを飛ばした。もう3ヶ月払ってない。

ここに住んでるってことはその日食うものもままならないってワケなのに、もうちょっと寛大でいてほしいもんだ。

乞食と空き缶を蹴っ飛ばして仕事場に向かう。

タイムカードを切る。バックヤードはむせ返るような安物香水の匂い。地球産はもっと上等な匂いだったんだろうね。

仕事着ーキャバクラのボーイに相応しい格好に着替え、一人の嬢に挨拶を。

 

「ナナお疲れ様。いい夜だね」

「毎度言うけどここに昼も夜もないわ。で、まともな通信機買えたの?」

ナナ。僕の同僚。金星からの出稼ぎ。

「ライカからタバコ買ってすっからかん。家賃も払えてない」

「バカ。そんなんじゃ千年かかっても地球の土は踏めないわ」

ナナは安っぽいドレスをはためかせながら僕に近づき、腕を絡ませ猫撫で声で言う。

「…ねえいい加減あきらめなよ。それよりあたしとさ…今晩空いてる?」

「…考えとくから。だから離れて」

オーナーがこちらへ来る。見られたな。長い夜の始

まり。

 

 

「イブニング、Moon,Milk,Overtrip。管制塔応答せよ。

…混線、かな。これじゃまるでスペースラジオだ。わかんないけどこの間と同じ人が聞いてたりしてね。

まあちょっと喋らせてよ、今日はやなことがあった。

こちら月面コロニー-ほ・187B、アポロ96。

今は仕事上がり。今日はちょっとしたことでオーナーに殴られた。

自分のこと特別な人間だと思ってるんだろ?だってさ。

特別だよ。決まってる。そう思ってないとやってらんないよ。

 

…でも全部わかってるんだよ、僕が特別な人間でもなんでもないことはもちろん、地球にはもう人なんて住んでないし、僕が待ってる迎えも来ないことも。

ただの月生まれのどこにでもいる20の男だ。

たとえ管制塔に呼びかけたフリしても、こうやって混線して君みたいな知らない人が僕の独り言聞くはめになるのなんて重々承知だよ。

でも特別である証拠がないと…寂しくて死んじゃいそうなんだ。

君もわかるだろ?」

 

 

仕事終わり、転がり込んできていたナナを部屋から追い出すと、排気ガスが僕の頬を撫でるように吹き抜けた。

いい夜明けだ。

寂しくて死んじゃいそうだというナナを抱きながら考えていたことは、今や無人の廃墟の地球もこんな気持ちなんだろうかということ。

いや、地球に気持ちはない。それにありもしない地球からの迎えに縋って生きてる僕の方がよっぽど寂しくて死んじゃいそうなヤツだ。

ナナも僕も一緒で、特別なんかじゃない。

ナナの故郷がコロニーの屋根越しに輝いている。

明けの明星、いい夜明けだ。

 

 

「モーニン、Moon,Milk,Overtrip。管制塔応答せよ。

…また混線か。どこの誰が聞いてるのか知らないけど、いい1日をね」

 

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http://moon-milk-overtrip.hatenablog.com/entry/overture2996/2