Apollo96

地球の月から文化共有。音楽、映画、文学、旅、幅広い分野を紹介します。時々創作活動も。

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街角で理想の夏を見つけた話

これはある夏の夜の出来事だ。

 

僕は体調の優れない中受けた就活セミナーを終え、半ば朦朧としつつ家路に着いていた。四条通は酷暑にも関わらず相変わらずの人混みで、街の喧騒から身を守るため、僕はメタルを聴いていた(体調が悪くてもメタルは聞く)。イスラエルのバンド、Orphaned Landの新譜は疲れている自分を鼓舞し、包み込んでくれる。いつか記事にしよう。そう思って僕は道沿いの店には目もくれず、ただ家を目指して歩き続けた。

 

そうこうして、四条河原町の交差点に辿り着かんとする頃合いから、イヤホン越しにストリートミュージシャンの演奏が少し漏れ聞こえてきた。何やら和風ながらも欧米の楽器の音色であることが窺い知れ、更に言うと弦楽器のタッピング音が全体を支配しており、僕は「Chapman Stickだったら面白いな〜まあ、ないだろうけど」と、プログレ界隈では有名な(逆にその界隈でしか知られていない)10弦の楽器を思い浮かべつつ、自らの考えを否定した。

 

そうこうしているうちに、音の出所まで辿り着いた。

 

 

Chapman Stickじゃん。

 

 

余りにも予想外で、僕は思考停止状態に陥り、足を止める神経の信号を送ることに失敗し、通り過ぎてしまった。一分ほどして平静を取り戻し、引き返して自分が見た光景が本当であるかを確かめることにした。

 

 

Chapman Stickじゃん。

 

 

説明しよう!Chapman Stickとは、Emmett Chapmanが考案した弦楽器であり、8,10,12弦の3種が販売されている。見た目はギターのネックがぶっとくなった棒状の形をしていて、基本的な奏法はタッピングのみであって、ピックは使わないよ(弓で弾くこともあるぞ!)。エフェクター次第ではギターの音にもベースの音にも変化する万能な弦楽器であり、タッピングを駆使して片手で伴奏、片手でメロディーといったピアノのような演奏スタイルが可能なんだ。

この楽器を一躍有名にしたのはKing CrimsonのベーシストTony Levin氏であり、彼の演奏を機にプログレ界隈で一気に広まったんだ。なお、プログレ好きで知られるベボベの関根嬢も最近ライブでChapman Stickを弾いているところをお披露目したぞ。

あと、楽器名が長いから以後は「スティック」でよろしく。

 

そのTony Levin氏によるデモストレーションを見ていただけたらスティックがどのような楽器か大体分かるのではないだろうか。

 

さて、話を戻すと、件のストリートミュージシャンは男性がスティックを弾き、横で女性がソプラノで日本語の歌を歌っていた。その歌は歌詞ならず旋律も和風であり、スティックの叙情的なアルペジオの上を歌声がたゆたう様は言いようもない美しさで、僕はまるでそこだけ時空を超えて大昔の日本にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えた。人のごった返す酷暑の京都の交差点なのにも関わらず、彼らの周りだけ静寂と涼しげな空気に包まれていた。

 

場所は違うが、このようなスタイルで演奏していた。自分は見たときは女性も椅子に座り、マイクに向かって凛として構えていたのが印象的であった。

 

これを逃してはいけないと思い、当時(今も)食費をどう工面するか悩むレベルの金欠であったにも関わらず、即財布を取り出し、野口英世たちをカゴに送り出し、アルバムを手にとって帰路に着いた。後悔は一ミリもしていない。

散々焦らしてしまったが、ユニット名は「十一」(読み方は「じゅういち」)。スティック奏者の辻賢氏とソプラノ鳥井麗香嬢の二人組で、アルバムにはケーナ奏者やベーシストなどのゲストが参加している。また、CD版だと以下のBandcamp版のデュオのボーナストラックがない代わりに、オリジナル曲が更に5曲収録されている。

 

 

【アルバムレビュー】

 

十一の魅力を漏らさず伝えきっている素晴らしい1曲目「薄明」では、情緒的なスティックの旋律に乗ってソプラノのボーカルが幽玄な節回しで歌い、ボリビアの縦笛ケーナがどこか尺八を思わせる音色で二者の奏でるハーモニーに品良く絡んでくる。サビの盛り上げに向けてスティックが細かく音を刻んできたり、それまで裏にいたケーナが全面に出てきたりと、シンプルな編成でありながらもしっかり緩急がついていて、叙情一辺倒で終わらないところがアルバム全体のカラーを示唆している。

しっとりとした侘び寂び曲「夜桜」を挟んで続く「三番町の秋」では、ある人への思慕の思いを切々と歌う出だしからサビでは打って変わり、3拍子でワルツの様に音が跳ね、歌詞も音楽も明るくなる。アルバムの3曲目で曲名にも「三」が付くところは遊びだろうか。サウンドコンセプトや叙情性に甘えず、(ほぼ)アコースティックな音楽性でも決して飽きさせないようにする姿勢がよく伝わる曲だ。

続く「未来螺旋」や「鬼灯の坂」では、スティックがプログレにおいて名を馳せた楽器であることを再認識させる白熱した展開が繰り広げられる。低音と高音を同時に鳴らせるスティックの持ち味が存分に活かされ、打楽器がないにも関わらずバンドサウンドを聞いているかのようなスリリングさを感じるのは、この楽器があるからこそだ。

そして、ボーナストラックを除けば本編最後であり、メロディーの美しさと儚さもアルバム随一である「花園」がこの短い幻想への旅を締めくくる。もし惰性的にここまで読んでしまったという人がいたら、この1曲だけでも聞いてほしい。それだけでこの音楽の素晴らしさが存分に伝わるからだ。

 

こみ上げる気持ちを振り絞って歌い上げる、と書けばまるで演歌のようだが、実際に演歌の和の要素をうんと強めて、なお所々に欧米のエッセンスを散りばめたらこんな音になるのだろうという世界観だ。

 

 

 

繰り返して書くように、十一の良さは単純にサウンドコンセプトや雰囲気がいいところだけではない。巷のアンプラグドライブでは味わえない緊迫感や緩急の付け所もあり、バンドのライブのようでなおかつアコースティックな音楽にしかない美しさも味わえる、美味しいところ取りの音楽なのだ。

なお、京都の路上ライブだけでなく、ちゃんとした会場でのライブも京都に限らず名古屋や東京でも行っているので、もしこの記事でおや、となった方には是非チェックしていただきたい。

 

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